お江戸日本橋船めぐりの神田川コースに参加しました。日本橋川、神田川、隅田川を90分でめぐり、目玉は神田川舟下りです。 舟は小型の電気ボートでした。
神田川クルーズ 船から見た聖橋(お茶の水)


江戸東京再発見コンソーシアムが運営するもので、NPO法人東京中央ネットの構成員である建設技術研究所が事業運営を行っている舟めぐり事業です。 お花見シーズンには花見舟を運行するそうです。
ガイドさんの説明が分かりやすく、橋や護岸、石垣、外濠の歴史などを解説が非常に勉強になりました。

このコースは日本橋をスタートして日本橋川を上り、神田川(外濠)から隅田川(大川)に入って日本橋に戻るというコースです。実に45もの橋(JRを含む)をくぐり抜けます。

日本橋

日本橋

日本橋川


こちらの舟めぐりでは小さな電気ボートが使われています。ほとんど音がなく、静かに楽しむことが出来るのも特徴です。排ガスも出さないので環境にも優しいボートです。募集定員は10名でしたが8名の参加でした。
電気ボート


船乗り場から望む日本橋です。普段は入ることができないそうです。
日本橋


船に乗り込んで、初めの橋「日本橋」の下を通ります。日本橋川の上は首都高速が覆っています。これが残念な風景です。東京オリンピック前に急いで整備した結果ですが、用地買収に時間がかからなかったことが理由の様です。
日本橋をくぐる


(ほとんどが窓越しに写真を撮っていますので、反射している場合があります。冬は寒さ対策のためにビニールの窓で覆っているそうです)


スタートして左手にはしばらく江戸時代の石垣を見ることが出来ます。
江戸時代の石垣

御門(見附)の跡らしき場所も確認できます。
見附あと?


7番目の橋はJRの橋です。東京駅と神田駅の中間ほどの橋です。中央線、山手線、東北・上越新幹線などを渡す橋です。橋の中央側面には国鉄時代の動輪マークが残っています。
JRの橋 東京駅ー神田川間


首都高で空が見えないのが残念です。
日本橋川


再び、石垣が見えてきますが刻印石を確認することが出来ます。田や中、丸にバツなど、様々な刻印がされています。英語のTという字もありました。石垣の施工は天下普請で全国各地の大名に行わせました。それぞれの家の家紋を入れて寄進したのだそうです。
刻印石

刻印石


14番目の橋は「まないた橋」です。その名の通り、まな板のような形をしていました。
まないた橋


16番目は「堀留橋」で、江戸時代はここから先は埋め立てられていました。大雨の際、外堀から江戸城内に水が溢れ出ないように埋め立てたそうです。




日本橋川の終点が見えてきます。首都高とも"さよなら"です。空がいっきに開けます。いよいよ神田川舟下りに入ります。中央奥には東京ドームが見えます。分かりにくいですが、「小石川橋通り架道橋」という歴史ある鉄橋の下を通ります。
日本橋川 始点

左上に少しだけ写っていますが、「小石川橋通り架道橋」の下を通ります。
小石川橋通り架道橋

「小石川橋通り架道橋」
明治37年(1904)に甲武鉄道(明治時代に存在した鉄道事業者)だった当時に架けられたドイツ製の鉄橋(トラス橋)だそうです。地上からみるとこの様な鉄橋です。小石川橋通り架道橋
詳しくは以前の記事で( 江戸城外堀跡を巡る癒しの散歩(筋違見附から赤坂見附)。


神田川との分流地点です。
神田川と合流


首都高がなくなり、明るい空が見えてきます。神田川から眺めるビル群です。
神田川からみるビル





船舶中継所(千代田区三崎町中継所)の台船です。不燃ごみを埋立地へ運ぶ中継所だそうです。
千代田清掃事務所三崎町中継所と台船


この辺りからは、外堀とするために江戸時代に掘られたところです。そこから出た土で江戸城に近い日比谷入り江を埋め立てました。(詳しくは 江戸城外堀跡を巡る癒しの散歩 で)
ゴミとは言え、現在も同じような場所から埋め立て地に運ばれていることは面白いと思います。


この水道橋を過ぎると、今回の舟下りの目玉とも言える茗渓「御茶ノ水渓谷」に差し掛かります。
水道橋

茗渓「御茶ノ水渓谷」に向う

水鳥が多いことにも驚きました。特にこの日は多かったようです。右上に総武線の車両が見えます。
茗渓「御茶ノ水渓谷」に向う

今度は中央線の車両が見えました。
茗渓「御茶ノ水渓谷」に向う


外堀を掘るため、神田山という台地を掘削しました。伊達藩が掘った外堀なので、「伊達堀」と呼ばれています。
茗渓「御茶ノ水渓谷」に向う

水上バスとすれ違い、小さな電気ボートはかなり揺れます...。
水上バス


茗渓「御茶ノ水渓谷」に架かるお茶の水橋が見えます。その奥にはJR御茶ノ水駅と中央線の車両が見えます。
お茶の水橋


お茶の水橋の奥に聖橋が見えてきました。右上はJR御茶ノ水駅です。
お茶の水橋と聖橋 

美しい聖橋が正面に見えてきます。奥に見える白い橋は地下鉄丸の内線、その奥に総武線の鉄橋が見えます。
聖橋


聖橋は船からの眺めが一番美しく見えるように設計されています。今回、一番見たかった光景です。やはり聖橋は美しいです。
聖橋


私は聖橋が好きなので、今までも何度かブログに登場しています。( 聖橋が登場するエントリー



聖橋を過ぎ、地下鉄丸ノ内線の橋の下を通ると、丸ノ内線が通過しました。下から撮りましたが、通過しているかどうかは写真では分かりません...。
丸ノ内線の橋 下から



総武線神田川橋梁の下も通ります。この鉄橋も好きな景色です。下には昌平橋が見えてきます。( 神田「昌平橋」から神田川を望む
総武線神田川橋梁



なんだか分からない写真になってしまいましたが「お茶の水分水路」です。昌平橋のたもとにあります。大雨の際の水を逃がす分水路です。
お茶の水分水路



ゆりかもめなどの水鳥をたくさん見ることが出来ました。
水鳥

水鳥





美倉橋付近から左岸には屋形船と舟宿が見えてきます。舟宿は川の上に張り出して建てられているのが分かります。
屋形船と舟宿

屋形船と舟宿


浅草御門があった浅草橋を過ぎ、神田川最後の橋 柳橋をくぐれば隅田川(大川)です。日本橋川と神田川から隅田川に入ると、川幅の広さに驚きます。

隅田川から見た柳橋です。
隅田川から見る柳橋



隅田川からは東京スカイツリーを眺めることもできます。
スカイツリー


総武線隅田川橋梁を総武線が渡り、ちょうど水上バスが通りました。
総武線隅田川橋梁と水上バス

左岸に堅川の河口が見えます。江戸時代に開削された運河です。首都高の両国ジャンクション付近です。
堅川


東京消防庁の船が係留されていました。
東京消防庁の船


小名木川の河口が見えてきました。徳川家康が千葉県行徳から塩を運ぶため開削させた人口の川です。
小名木川



江戸の人たちは小さい木船で隅田川を行き来したそうです。この電気ボートは水面からも近く、「江戸の人たちの気分を味わえます」とガイドさんが説明してくれました。


きれいな青い橋は清洲橋です。水上バスが下を通り抜けます。私たちのボートはかなり揺れました。汗。
gon1301333 (53)


清洲橋を過ぎて船をUターンさせ、東京スカイツリーの絶景ポイントを見せていただきました。清洲橋がネックレスのように見えるということでした。
清洲橋


隅田川から日本橋川に戻ります。隅田川と日本橋川の合流点の白い橋は豊海橋です。
豊海橋


日本橋水門です。日本橋川の分流である亀島川の分岐点です。工事中でした。工事用のクレーン船に「工事中通航止」の文字が。
日本橋水門

日本橋川、亀島川ともに潮の満ち引きに影響を受けます。高潮や津波から流域を守るために、亀島川の両端に、防潮のため水門が設けられています。
日本橋水門



川から見る東京証券取引所です。橋は鎧橋です。兜町にかかる鎧橋というのも面白いものです。
東京証券取引所




ゴールの日本橋が見えてきました。最後にもう一度、橋の下をくぐってから、Uターンしてゴールとなりました。
日本橋

石造り二連アーチの本当に美しい橋です。( 実に美しい二連アーチの石橋「日本橋」を叩かず渡る
日本橋

日本橋


日本橋を下から撮影してみました。
1911年に20代目の日本橋、石造二連アーチ橋に架け替えられてから昨年で架橋100周年でした。100年、関東大震災、戦災にも耐え、支え続けている石組みです。
日本橋の石組み 下から

日本橋




日本橋や聖橋を川から眺めることが出来るという貴重な体験をすることが出来ました。茗渓「御茶ノ水渓谷」付近の景観は人口の渓谷とは思えない美しいものでした。江戸時代の都市計画が現在も生かされている場所が多く、まさに江戸と東京を再発見できる素晴らしい体験をすることが出来ました。



地図に45の橋をプロットしてみました。

より大きな地図で 日本橋から神田川クルーズ 舟から見る日本橋や聖橋に感動。 を表示