weblogeyecatch1.jpg

タグ「お茶の水」の一覧

お江戸日本橋船めぐりの神田川コースに参加しました。日本橋川、神田川、隅田川を90分でめぐり、目玉は神田川舟下りです。 舟は小型の電気ボートでした。
神田川クルーズ 船から見た聖橋(お茶の水)

続きを読む

聖橋(ひじりばし)は神田川に架かる本郷通りの橋で、千代田区神田駿河台と文京区湯島を結んでいます。関東大震災後の帝都復興事業で、昭和2年(1927年)に架けられたそうです。長さ92.0m、幅22.0mの鉄筋コンクリートアーチ橋です。
駿河台に「ニコライ堂」、湯島に「湯島聖堂」と、両岸に2つの聖堂があることから「聖橋」と名付けられました。

橋から下を覗くと、JR御茶ノ水駅を上から眺めることが出来ます。鉄道模型(Nゲージ)のジオラマの様で、見ているだけで楽しい光景です。
gon110806-666
2010.10(iPhone3GS)
iPhoneミニチュアカメラアプリ「TiltShift Generator」で加工)

続きを読む

聖橋(ひじりばし)は神田川に架かる本郷通りの橋で、千代田区神田駿河台と文京区湯島を結んでいます。関東大震災後の帝都復興事業で、昭和2年(1927年)に架けられたそうです。長さ92.0m、幅22.0mの鉄筋コンクリートアーチ橋です。
駿河台に「ニコライ堂」、湯島に「湯島聖堂」と、両岸に2つの聖堂があることから「聖橋」と名付けられました。

橋から下を覗くと、JR御茶ノ水駅を上から眺めることが出来ます。鉄道模型(Nゲージ)のジオラマの様で、見ているだけで楽しい光景です。
gon110806-666
2010.10(iPhone3GS)
iPhoneミニチュアカメラアプリ「TiltShift Generator」で加工)

続きを読む

文京区湯島にある学問の神様「湯島天神(湯島天満宮)」の梅まつりライトアップに行って来ました。 雪の降る中で余り人がいませんでしたので、ゆっくり梅を眺めることが出来ました。まだ咲いていない木も多かったです。

・梅まつり期間:2011年2月8日から3月8日まで

梅まつり
梅祭り
(暗い中でiPhone3GSの写真は最悪です...)

春日通り側の鳥居です。江戸時代はこちらは裏側だったようです。
湯島天満宮

男坂(暗くて見えませんが・・・)、江戸時代はこちらがメインの入口で参道が栄えていたと聞いたことがあります。
男坂


趣のある総檜造りの本殿です。
湯島天神 本殿

【湯島天神の縁起】湯島天神ホームページより

御祭神
天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)
菅原道真公(すがわらみちざねこう)

例祭日 五月二十五日

社 名 湯島天満宮 名称

湯島天神は 雄略天皇二年(458)一月 勅命により創建と伝えられ、天之手力雄命を奉斎したのがはじまりで、降って正平十年(1355)二月郷民が菅公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請しあわせて奉祀し、文明10年(1478)十月に、太田道灌これを再建し、天正十八年(1590)徳川家康公が江戸城に入るに及び、特に当社を崇敬すること篤く、翌十九年十一月豊島郡湯島郷に朱印地を寄進し、もって祭祀の料にあて、泰平永き世が続き、文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。
その後、学者・文人の参拝もたえることなく続き、林道春・松永尺五・堀杏庵・僧堯恵・新井白石などの名が見える。将軍徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにおよび、この地を久しく文教の中心としていよいよ湯島天満宮を崇敬したのである。
明治五年(1872)十月には郷社に列し、ついで同十八年(1885)八月府社に昇格した。
明治維新以前は、上野東叡山寛永寺が別当を兼ね、喜見院がその職に当った。
元禄十六年(1703)の火災で全焼したので、宝永元年(1704)将軍綱吉公は金五百両を寄進している。
明治十八年に改築された社殿も老朽化が進み、平成七年十二月、後世に残る総檜造りで造営された。

帰りにお茶の水方面に向かっていると、急勾配の坂を発見しました。昇り降りしてみましたが、かなりの勾配です。「実盛坂」だそうです。
実盛坂
(これもまた、暗い写真です...)

この坂にあった看板によると、

「江戸志」によれば「・・・湯島より池の端の辺をすべて長井庄といへり、むかし斎藤別当実盛の居住の地なり・・・」とあるそうです。また、この下の南側に、「実盛塚」や「首洗いの井戸」がこの坂の下にあったという伝説めいた話が「江戸妙子」などにあり、坂の名前になったそうです。
斎藤別当実盛は加賀で戦死しており、実盛を忍び、この様な伝説が生まれたのではないかと書かれていました。



大きな地図で見る



文京区湯島にある学問の神様「湯島天神(湯島天満宮)」の梅まつりライトアップに行って来ました。 雪の降る中で余り人がいませんでしたので、ゆっくり梅を眺めることが出来ました。まだ咲いていない木も多かったです。

・梅まつり期間:2011年2月8日から3月8日まで

梅まつり
梅祭り
(暗い中でiPhone3GSの写真は最悪です...)

春日通り側の鳥居です。江戸時代はこちらは裏側だったようです。
湯島天満宮

男坂(暗くて見えませんが・・・)、江戸時代はこちらがメインの入口で参道が栄えていたと聞いたことがあります。
男坂


趣のある総檜造りの本殿です。
湯島天神 本殿

【湯島天神の縁起】湯島天神ホームページより

御祭神
天之手力雄命(あめのたぢからをのみこと)
菅原道真公(すがわらみちざねこう)

例祭日 五月二十五日

社 名 湯島天満宮 名称

湯島天神は 雄略天皇二年(458)一月 勅命により創建と伝えられ、天之手力雄命を奉斎したのがはじまりで、降って正平十年(1355)二月郷民が菅公の御偉徳を慕い、文道の大祖と崇め本社に勧請しあわせて奉祀し、文明10年(1478)十月に、太田道灌これを再建し、天正十八年(1590)徳川家康公が江戸城に入るに及び、特に当社を崇敬すること篤く、翌十九年十一月豊島郡湯島郷に朱印地を寄進し、もって祭祀の料にあて、泰平永き世が続き、文教大いに賑わうようにと菅公の遺風を仰ぎ奉ったのである。
その後、学者・文人の参拝もたえることなく続き、林道春・松永尺五・堀杏庵・僧堯恵・新井白石などの名が見える。将軍徳川綱吉公が湯島聖堂を昌平坂に移すにおよび、この地を久しく文教の中心としていよいよ湯島天満宮を崇敬したのである。
明治五年(1872)十月には郷社に列し、ついで同十八年(1885)八月府社に昇格した。
明治維新以前は、上野東叡山寛永寺が別当を兼ね、喜見院がその職に当った。
元禄十六年(1703)の火災で全焼したので、宝永元年(1704)将軍綱吉公は金五百両を寄進している。
明治十八年に改築された社殿も老朽化が進み、平成七年十二月、後世に残る総檜造りで造営された。

帰りにお茶の水方面に向かっていると、急勾配の坂を発見しました。昇り降りしてみましたが、かなりの勾配です。「実盛坂」だそうです。
実盛坂
(これもまた、暗い写真です...)

この坂にあった看板によると、

「江戸志」によれば「・・・湯島より池の端の辺をすべて長井庄といへり、むかし斎藤別当実盛の居住の地なり・・・」とあるそうです。また、この下の南側に、「実盛塚」や「首洗いの井戸」がこの坂の下にあったという伝説めいた話が「江戸妙子」などにあり、坂の名前になったそうです。
斎藤別当実盛は加賀で戦死しており、実盛を忍び、この様な伝説が生まれたのではないかと書かれていました。



大きな地図で見る




2月11日、「日本サッカーミュージアム」に行って来ました。あの激闘の記憶が新しいアジアカップの特別公開(2/11,12,13)の初日で混雑していました。

特別公開はアジアカップの本物を実際に手に取って写真を撮れるというものです。しかし、3時間待ち!ということで、そのイベントは諦めることにしました...。(;_;)

日本サッカーミュージアム

日本サッカーミュージアム 玄関


こちらはアジアカップのレプリカです。レプリカは触れない状態です。
アジアカップレプリカ


有料ゾーンの入場チケットは2002年日韓ワールドカップのチケットをモチーフにしています。
チケットレプリカ


有料ゾーンでは日本のサッカー史やワールドカップの貴重な資料を見ることが出来ます。

gon110211-1 (5) 東京オリンピック ユニフォーム
メキシコオリンピック ユニフォーム ワールドカップ レプリカ



複数の選手の足型が床にあります。カズの足型と記念撮影です。
三浦知良 足型



サッカー通り
日本サッカーミュージアム(JFA)の前は『サッカー通り』となっていました。


大きな地図で見る


2月11日、「日本サッカーミュージアム」に行って来ました。あの激闘の記憶が新しいアジアカップの特別公開(2/11,12,13)の初日で混雑していました。

特別公開はアジアカップの本物を実際に手に取って写真を撮れるというものです。しかし、3時間待ち!ということで、そのイベントは諦めることにしました...。(;_;)

日本サッカーミュージアム

日本サッカーミュージアム 玄関


こちらはアジアカップのレプリカです。レプリカは触れない状態です。
アジアカップレプリカ


有料ゾーンの入場チケットは2002年日韓ワールドカップのチケットをモチーフにしています。
チケットレプリカ


有料ゾーンでは日本のサッカー史やワールドカップの貴重な資料を見ることが出来ます。

gon110211-1 (5) 東京オリンピック ユニフォーム
メキシコオリンピック ユニフォーム ワールドカップ レプリカ



複数の選手の足型が床にあります。カズの足型と記念撮影です。
三浦知良 足型



サッカー通り
日本サッカーミュージアム(JFA)の前は『サッカー通り』となっていました。


大きな地図で見る


ちょっと前の話ですが、10月9日にお茶の水界隈を歩いていて発見したこと。

その日は「お茶の水アートピクニック2010」というイベントが御茶ノ水駅周辺で行われていました。

「文化と歴史の街・お茶の水パネル展」として、江戸から昭和にかけてお茶の水周辺に由来がある人物等をパネルで展示していました。
江戸の古地図があり、何気なく由来の人物を眺めると、「伊達政宗」の名前がありました。由縁の場所は「神田川」とあります。

えっ!?と思い、そのパネルに目をとめました。

徳川家康から、江戸城をどこから攻めるか問われた政宗はお茶の水を指差したそうです。二代将軍秀忠の時に神田山を外堀とする大工事が行われ、水道橋からお茶の水にかけて仙台藩が施工を担当したとのことでした。

このため、この地区は仙台堀や伊達堀とも称されたそうです。

江戸の古地図
江戸末期文久3年(1863年)のお茶の水周辺 

伊達政宗
伊達正宗


ちょっと前の話ですが、10月9日にお茶の水界隈を歩いていて発見したこと。

その日は「お茶の水アートピクニック2010」というイベントが御茶ノ水駅周辺で行われていました。

「文化と歴史の街・お茶の水パネル展」として、江戸から昭和にかけてお茶の水周辺に由来がある人物等をパネルで展示していました。
江戸の古地図があり、何気なく由来の人物を眺めると、「伊達政宗」の名前がありました。由縁の場所は「神田川」とあります。

えっ!?と思い、そのパネルに目をとめました。

徳川家康から、江戸城をどこから攻めるか問われた政宗はお茶の水を指差したそうです。二代将軍秀忠の時に神田山を外堀とする大工事が行われ、水道橋からお茶の水にかけて仙台藩が施工を担当したとのことでした。

このため、この地区は仙台堀や伊達堀とも称されたそうです。

江戸の古地図
江戸末期文久3年(1863年)のお茶の水周辺 

伊達政宗
伊達正宗


10月8日にお茶の水に宿泊して、9日に近辺を散歩しました。その記事をまとめます。

10月8日

神田きくかわ
神田きくかわで「大串うな丼」を食べました。


10月9日

1.昌平橋
神田「昌平橋」から神田川を望む。

2.神田神社
神田神社(江戸総鎮守 神田明神)に行って来ました。

3.湯島聖堂
江戸時代の学問・教育の総本山「湯島聖堂・昌平坂学問所跡」に行って来ました(外だけ)。

4.聖橋
神田「聖橋」から神田川を望めば。


5.ニコライ堂
gon101009-7

6.神保町古本屋街
gon101009-7 (3)
おまけ、小学館。
gon101009-7 (2)

7.神田まつや
神田の老舗そば屋「神田まつや」で大もりそばを食べました。


8.甘味処 竹むら
神田甘味処「竹むら」で揚げまんじゅうを食べました。


(その後、秋葉原に向かいました)
万世橋
gon101009-7 (7)
奥には昌平橋と総武線が見えます。
gon101009-7 (5)

ガンダムカフェ、ガンプラ焼き。
gon101009-7 (6)
gon101009-7 (4)

 

 


より大きな地図で 神田、お茶の水散策 を表示


10月8日にお茶の水に宿泊して、9日に近辺を散歩しました。その記事をまとめます。

10月8日

神田きくかわ
神田きくかわで「大串うな丼」を食べました。


10月9日

1.昌平橋
神田「昌平橋」から神田川を望む。

2.神田神社
神田神社(江戸総鎮守 神田明神)に行って来ました。

3.湯島聖堂
江戸時代の学問・教育の総本山「湯島聖堂・昌平坂学問所跡」に行って来ました(外だけ)。

4.聖橋
神田「聖橋」から神田川を望めば。


5.ニコライ堂
gon101009-7

6.神保町古本屋街
gon101009-7 (3)
おまけ、小学館。
gon101009-7 (2)

7.神田まつや
神田の老舗そば屋「神田まつや」で大もりそばを食べました。


8.甘味処 竹むら
神田甘味処「竹むら」で揚げまんじゅうを食べました。


(その後、秋葉原に向かいました)
万世橋
gon101009-7 (7)
奥には昌平橋と総武線が見えます。
gon101009-7 (5)

ガンダムカフェ、ガンプラ焼き。
gon101009-7 (6)
gon101009-7 (4)

 

 


より大きな地図で 神田、お茶の水散策 を表示


湯島聖堂を見学して、聖橋を渡ってニコライ堂に向かいました。

聖橋から神田川を眺めれば、JR御茶ノ水駅には総武線と中央線が出たり入ったりと楽しい光景が広がります。

右下には御茶ノ水駅、下の低い陸橋は地下鉄丸ノ内線です。奥には秋葉原があり、総武線が走る陸橋の下には昌平橋が見えます。
gon101009-5 (2)



湯島聖堂の横から見る聖橋と御茶ノ水駅。アーチ型の聖橋が美しいです。
gon101015-5 (6) 



駅には中央線、その下を丸ノ内線が通過して行きます。
gon101009-5 (3)


ブラタモリ「神田」でタモリさんも覗きこんだ、中央線の屋根。
gon101009-5 (4)



中央線、総武線、丸ノ内線がクロスします。
gon101009-5



両岸に2つの聖堂(湯島聖堂とニコライ堂)があることから「聖橋」と命名されてそうです。 橋を渡り、少し歩けば右側にニコライ堂が現れます。
gon101015-5 (3)
gon101015-5 (2)


大きな地図で見る


湯島聖堂を見学して、聖橋を渡ってニコライ堂に向かいました。

聖橋から神田川を眺めれば、JR御茶ノ水駅には総武線と中央線が出たり入ったりと楽しい光景が広がります。

右下には御茶ノ水駅、下の低い陸橋は地下鉄丸ノ内線です。奥には秋葉原があり、総武線が走る陸橋の下には昌平橋が見えます。
gon101009-5 (2)



湯島聖堂の横から見る聖橋と御茶ノ水駅。アーチ型の聖橋が美しいです。
gon101015-5 (6) 



駅には中央線、その下を丸ノ内線が通過して行きます。
gon101009-5 (3)


ブラタモリ「神田」でタモリさんも覗きこんだ、中央線の屋根。
gon101009-5 (4)



中央線、総武線、丸ノ内線がクロスします。
gon101009-5



両岸に2つの聖堂(湯島聖堂とニコライ堂)があることから「聖橋」と命名されてそうです。 橋を渡り、少し歩けば右側にニコライ堂が現れます。
gon101015-5 (3)
gon101015-5 (2)


大きな地図で見る


江戸時代の学問・教育の総本山「湯島聖堂・昌平坂学問所跡」に行って来ました。場所はJRお茶の水駅の直ぐ側です。

残念ながら、開館時間より早く行ってしまい、時間もないことから外側だけを眺めてきました。

湯島聖堂は元禄時代に5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟だったそうです。1797年には江戸幕府直轄の学問所「昌平坂学問所」となったそうです。

ブラタモリ「神田」によると、明治時代に湯島聖堂博覧会が開催されて名古屋城の「金のシャチホコ」が運ばれて展示されたそうです。

gon101009-2 (2)
gon101009-2 (3)



仰高門。
gon101009-2 (6)



昌平坂。古い石垣が見えました。
gon101009-2 (9)


神田川側。
gon101009-2 (5) 


聖橋と御茶ノ水駅、手前は神田川です。
gon101009-2


聖橋から、緑が多くて都会のオアシスといった感じです。
gon101009-2 (4)


場所

大きな地図で見る


江戸時代の学問・教育の総本山「湯島聖堂・昌平坂学問所跡」に行って来ました。場所はJRお茶の水駅の直ぐ側です。

残念ながら、開館時間より早く行ってしまい、時間もないことから外側だけを眺めてきました。

湯島聖堂は元禄時代に5代将軍徳川綱吉によって建てられた孔子廟だったそうです。1797年には江戸幕府直轄の学問所「昌平坂学問所」となったそうです。

ブラタモリ「神田」によると、明治時代に湯島聖堂博覧会が開催されて名古屋城の「金のシャチホコ」が運ばれて展示されたそうです。

gon101009-2 (2)
gon101009-2 (3)



仰高門。
gon101009-2 (6)



昌平坂。古い石垣が見えました。
gon101009-2 (9)


神田川側。
gon101009-2 (5) 


聖橋と御茶ノ水駅、手前は神田川です。
gon101009-2


聖橋から、緑が多くて都会のオアシスといった感じです。
gon101009-2 (4)


場所

大きな地図で見る

10月9日の土曜日、東京のパワースポットとしても注目されている神田神社に行って来ました。場所はJR御茶ノ水駅や湯島聖堂の近くにあります。

朝の9時でしたので人はまばらでゆっくり見学が出来ました。鳥居から奥に見える門が非常に色彩鮮やかなことに驚きました。
gon10100 



参道を進むと色鮮やかな随神門があります。 「因幡の白兎」などの神話をモチーフにした装飾があります。
gon101009 (5)
gon101009 (12)



中に進むと、珍しい正面を向いた狛犬が並び、御神殿があります。御神殿でお参りを済ませて敷地内を散策しました。
 gon101009 (7)



境内案内図。多くの施設があります。
gon101009 (13) 


神田明神御由緒。
御祭神
一の宮 大己貴命(おおなむちのみこと)
だいこく様。縁結びの神様。天平2年(730)ご鎮座。
国土経営、夫婦和合、縁結びの神様として崇敬されています。島根県の古社・出雲大社のご祭神でもあります。

二の宮 少彦名命(すくなひこなのみこと)
えびす様。商売繁昌の神様。
商売繁昌、医薬健康、開運招福の神様です。だいこく様とともに日本の国づくりをなされました。

三の宮 平将門命(たいらのまさかどのみこと)
まさかど様。除災厄除の神様。
平将門公は、承平から天慶年間、武士の先駆け「兵」として、関東の政治改革をはかり、命をかけて民を守ったお方です。東京都千代田区大手町・将門塚には将門公の御首がお祀りされています。
gon101009 (11)

gon101009 (9)



だいこく様尊像。
gon101009 (6)

えびす様尊像。
gon101009 (4) 



獅子山(千代田区指定有形民俗文化財)。
gon101009 (2) 



銭形平次の碑。台座が寛永通寶になっています。
gon101009 (8)
gon101009 (10)



期間限定で売っていたハローキティ誕生35周年のお守り。裏には神田神社と文字が入っています。
gon101009



湯島聖堂も近く、緑が多い地域です。比較的早い時間に行ったおかげで、参拝者が少なく有意義に過ごすことが出来ました。本当に元気を貰って来ました。


場所

大きな地図で見る



10月9日の土曜日、東京のパワースポットとしても注目されている神田神社に行って来ました。場所はJR御茶ノ水駅や湯島聖堂の近くにあります。

朝の9時でしたので人はまばらでゆっくり見学が出来ました。鳥居から奥に見える門が非常に色彩鮮やかなことに驚きました。
gon10100 



参道を進むと色鮮やかな随神門があります。 「因幡の白兎」などの神話をモチーフにした装飾があります。
gon101009 (5)
gon101009 (12)



中に進むと、珍しい正面を向いた狛犬が並び、御神殿があります。御神殿でお参りを済ませて敷地内を散策しました。
 gon101009 (7)



境内案内図。多くの施設があります。
gon101009 (13) 


神田明神御由緒。
御祭神
一の宮 大己貴命(おおなむちのみこと)
だいこく様。縁結びの神様。天平2年(730)ご鎮座。
国土経営、夫婦和合、縁結びの神様として崇敬されています。島根県の古社・出雲大社のご祭神でもあります。

二の宮 少彦名命(すくなひこなのみこと)
えびす様。商売繁昌の神様。
商売繁昌、医薬健康、開運招福の神様です。だいこく様とともに日本の国づくりをなされました。

三の宮 平将門命(たいらのまさかどのみこと)
まさかど様。除災厄除の神様。
平将門公は、承平から天慶年間、武士の先駆け「兵」として、関東の政治改革をはかり、命をかけて民を守ったお方です。東京都千代田区大手町・将門塚には将門公の御首がお祀りされています。
gon101009 (11)

gon101009 (9)



だいこく様尊像。
gon101009 (6)

えびす様尊像。
gon101009 (4) 



獅子山(千代田区指定有形民俗文化財)。
gon101009 (2) 



銭形平次の碑。台座が寛永通寶になっています。
gon101009 (8)
gon101009 (10)



期間限定で売っていたハローキティ誕生35周年のお守り。裏には神田神社と文字が入っています。
gon101009



湯島聖堂も近く、緑が多い地域です。比較的早い時間に行ったおかげで、参拝者が少なく有意義に過ごすことが出来ました。本当に元気を貰って来ました。


場所

大きな地図で見る



このページの上部へ

サイト内検索

最近のピクチャ

  • mt-20171112190238.jpg
  • mt-20171006083002.jpg
  • 報恩寺(盛岡市那須川町)の五百羅漢
  • DSC03578
  • 明治記念館「旧岩谷堂共立病院」
  • 「由利高原鉄道鳥海山ろく線」(曲沢駅付近)
  • 五百羅漢(遠野市綾織町新里)
  • gon1704DSC09458

Powered by Movable Type 6.2.4